
「トップクラスのマッチョが発信しているトレーニング方法」今や数多く目にするようになった「トレーニング系論文」「初心者向けのトレーニング方法」「分割法」「全身法」「食事」などなど・・
どの情報が正しいのかわからなくなるほど、数えきれないほどのボディビル情報であふれ、困惑する方も多いと思います。
今回は、「最強のウエイトトレーニング」について、僕なりの考えを紹介したいと思います。
先にお伝えしますが、どの方法も正解であるということです。
しかし、自分に合っているかどうかが全てであり、それは皆同じではないと感じます。
トレーニング歴25年、来年50歳を迎える僕の経験を交えてそのあたりを解説していきたいと思います。
トップ選手がやっていることを真似れば近道?
僕も25年以上、数多くのトレーニング方法を試してきました。
20代から来年50歳を迎える今に至るまで、おそらくボディビル界隈で言われていることのほぼすべてのトレ法、食事法をそれなりにやってきたと自分では思います。
そんな中、
「トップの選手は結果を出しているのだから、それをマネすれば、同じルートをたどればそこにたどり着くじゃない。」
「同じ人間、自分にできないはずがない」
そんな単純な理由とともにそれを自分に言い聞かせ、真似をしてきた時期も長かったです。
しかし、僕の主観ですが、僕にとってよかったことは残念ながら一つもありませんでした。
トップにたどり着いた人にとっては素晴らしいルーチンだったとしても、僕にとっては弱体化の道をたどるのみと言っても過言ではありませんでした。
一番顕著に表れたのは、筋肉の張りがどんどん落ちること、扱う重量が少しずつ落ちていくことでしたね。
成長していく兆候が何一つありませんでした。
実は僕自身、それを裏付ける経験があります。2010年に県大会で優勝したのですが、振り返ってみると、この年はボディビル歴の中で最もトレーニング強度が低く、正直「健康体操レベル」だったんです。今のトレーニング内容と比べても、その傾向は変わりません。「頑張れば頑張るほど結果が出る」のであれば、一番追い込んでいた時期に一番良い結果が出るはずですが、僕の場合はそうならなかった。この経験も、「自分にとっての最適な強度」が、世間一般で言われる「頑張り」とは必ずしも一致しないことを教えてくれました。
もう一つ、最近改めて感じていることを書いておきます。
先ほど「回復力の個人差」の話をしましたが、それとは別の角度から、もう一つ思うことがあります。
トップ選手であっても、僕のように思うように成長しない人であっても、上を目指して努力し続けているところは共通していて、そこはどちらもリスペクトしています。
そのうえで、トップ選手はハイボリュームでとてもハードにトレーニングしているように見えます。しかし、一定のレベルから体が変わらない人(僕を含め)と比べると、量というより「質」が違うのではないかと感じています。
おそらく、「たくさんトレーニングしている」の「たくさん」の「質」が違うということです。
例えばダンベルフライ。しっかりと筋力を発揮して動作しているのか、それとも「伸びている感覚を味わうこと」に意識が向いて、力を発揮する局面でちゃんとパワーを出せていないのか。
これはフライに限った話ではなく、トレーニング全般に言えることかもしれません。「効いている感じ」にばかり意識を持っていかれ、「パワーを発揮する」ことを無意識に避けていないか。慣れによって、無意識のうちに重量更新やパワー発揮にブレーキをかけていないか。
人間の脳は「危険を避ける」「現状維持」を好むもの。成長のカギは、日常の外にあります。無意識のうちに、漫然と同じ刺激で「やった感」を味わって満足しているだけで、実は成長が止まっているだけなのかもしれません。
この仮説にたどり着いたのも、トップ選手のトレーニングを間近で見た経験からではありません。長年トレーニングを続けてくる中で、「そういえば扱う重量が何年も伸びていないな」と気づき、振り返ってみると漫然と「やった感」ばかりに意識が向いていたな、というところから、自然とこの仮説が浮かんできた感じです。
ヒントになった実体験もあります。コンパウンド種目中心・高重量で組んでいた時期はしっかり伸びていたのに、あれこれアイソレート種目を増やした時期はどんどん弱体化していきました。
僕にとって、「伸びている感覚を味わうこと」が主体になってしまう種目(フライ系などがその代表です)は、成長の刺激というより「ノイズ」「回復を阻害するだけの疲労」になっていたんだと思います。効いてる感じ、伸びている感じに意識を持っていかれ、そもそも高重量を扱う種目でもないので、ますます「重量」のことを忘れがちになっていたのかもしれません。
だったら、ノイズの少ないコンパウンド種目だけで、高重量・パワー重視で組んだ方がいい。そう考えて実践した時期が、一番伸びたと実感しています。
トップ選手に「魂を乗っけてもらって」トレーニングを体験できたら、「ああ、全然違うわ」「がむしゃらにやっているようで、質が違う!」と感じるかもしれません。あるいは本人に聞いたら「いやあ、がむしゃらにやってるだけですよ」と返ってくるかもしれない。それが謙遜なのか、無意識なのかは分かりませんが、いうなればそれは「センス」と表現できるものなのかもしれません。
また逆に、トップ選手の魂を僕の肉体にのっけたとして「ああ、色々やってはいるけどこれじゃあ疲れるだけで筋肉の発達は得られにくいわ」と、感想をいただくかもしれません。
これはあくまで仮説の域を出ませんが、「ハイボリューム」「高強度」に見える裏に、トップとそうでない人との乖離がとても大きい可能性はあるのかもしれません。僕自身、こういうことを誰かに「言った」り「言われた」りした経験はありません。25年間、やれることはおそらく一通りやってきた中で、自然とそう感じるようになった、というだけの話です。
何にしても、大切なのは「仮説」を立てて、「実践」に落とし込み、「評価」をして、また修正する、そのサイクルを回すことだと思っています。
正直、この手の仮説は他人には言わない方がいいことが多いとも思っています。「何言ってんだ」と言われる可能性が高いと、自分でも分かっているからです。それでも、黙々とそのサイクルを回し続けることが、「最適解」に近づいていく道であり、トレーニングの醍醐味でもあると思います。
トップ選手が多いジムでトレーニングしている人は、きっと自然とそれを「参考」にしていると思います。生でトップ選手のトレーニングを日々見ていれば、「すげーな」と思うだけでなく、自然と吸収し、感化されていくものでしょう。これは筋トレに限った話ではないはずです。マッチョの周囲にマッチョが多いのも、スタンド使いの周囲にスタンド使いが多いのも、そういう影響があるのかもしれません(これもあくまで仮説です)。
そんなふうに、自分で気づいて、仮説を立てて、それを回している時間が、最近ますます楽しくなってきています。まだまだ伸びしろはあると思っています。
高強度トレーニング、気合が全てのトレーニングは?
ここで言う高強度とは、「トップ選手が行っているであろう多種目多セットのトレーニング」のことです。
「まだまだ気合が足りない」と言われればそれまでですが、気合に任せたトレーニングも自分なりに行ってきました。
「トップになるためには、トップが通ってきた道を通るのが近道かもしれない」そう言い聞かせ、続けてきた時期も長かったです。
しかし、「頑張るほどに停滞」ここが僕の今の結論です。
どれだけ寝ても、どれだけ栄養をとっても、オフをはさんでもトレーニング間隔をあけても縮めても、何をやってもほとんど変わりません。
または、ジャンクボリューム(無駄な刺激)を抑えつつ、高強度、という質の良いトレーニングを実践できていなかっただけかもしれません。そうであれば技術の問題もあるかもしれません。
しかし、結果として僕にとっては成長にはほとんどつながらないばかりか、続けるほどに筋力さえ落ちていく有様であることが多く、「モノにできなかった」かもしれないとともに「それは向いていない」とも言えると思います。
今振り返ると、これも「量より質」の話につながっているのかもしれません。無我夢中で種目数・セット数をこなすことに気を取られ、一つ一つの動作でしっかりパワーを発揮できていなかった、ということなのだと思います。
つまり、「疲れるだけ」の刺激が大半を占めているかもしれないということです。
精神と肉体のギャップ。回復力の個人差は本当に存在する
技術の習得はイメージと反復練習。
筋肉の発達にとってもそれがよいと思えそうですが、筋肉の発達と技術の習得とはまた別の問題と感じます。
筋トレをやればやるほど筋肉がつくかといえば、大体の人はそんなことはないと感じます。
もちろん、つく人もいます。
つまり、気合と頑張りが比例するのが筋発達ではなく、「自分にとって最適である刺激こそがその人の筋発達を最大限に引き起こす」と感じます。
ガンガンやって最大限に発達する人もいれば、もう少し抑え気味にしたほうが良い人もいる。
追い込みまくることで最大限に発達する人もいれば、追い込む一歩手前がちょうどよい人もいる。
気合は必要かもしれませんが、自分に適した範囲を超えずに、適した範囲で集中して行うことが必要と思います。
この「回復力の個人差」を一番痛感したのは、これまで見てきたこんな人たちです。食事もトレーニングも完璧、知識も経験も申し分なく、扱う重量だってまあまあ重い物を扱える。しかし、全く筋トレしている体には見えない。減量すれば「代謝低下」を起こして、より一層普通の人と化して終わる——こういう人たちを、僕はこれまで何人も見てきました。
同じ人間なのに、これだけ「反応」に天と地ほどの差がある。気合でトレーニングをこなすことはできても、肉体の反応がまるで違う。精神と肉体のギャップに悩む人は、僕以外にもたくさんいると感じています。
なので、人によって言っていることやってることが違いますし、どちらも正しいであろうことを話しているわけだと思います。
ルートはどちらも正解。
しかし、自分にとって最適なルートは、自分で試して選択する必要があると思います。
僕の実例。似たような体質の人はいませんか?
僕はおそらく、回復力に優れた「選ばれし者」ではありません。
そうであったとしても特に不満はありません。
もっとも、トレーニングの「質」がそうさせているだけの可能性もあります。もしそうだとしたらむしろ喜ばしいことで、僕にもまだまだ伸びしろはあるかもしれません。
自分に合った方法をこれからも探っていき、過去の自分を超えていくことの楽しみはありますからね!
どうであってもちゃんと筋肉は発達していきますし、適切に行えばもっともっと高みを狙えると今でも信じています。
25年鍛えて分かった、僕の体感まとめ
正直、ここから先のリストも「量より質」を重視した結果、たどり着いたものだと今なら思います。
・コンパウンドを粘りすぎると中枢神経系の回復追い付かない感じ
・コンパウンドは低レップスでやると筋肉量、筋力ともに伸びていく
・コンパウンドのミドル、ハイレップスはやった感あるけど疲労をためるだけな感じ
・コンパウンドは低レップスに限る!
・アイソレートで追い込むと回復しない
・アイソレートは最低限に
・特にストレッチ系は1セットでも多いくらいに感じる
・ストレッチ系種目を頑張るとほぼ確実に停滞する
・バーベルのコンパウンドメインが合っている気がする
・あまり細かい部位を狙って追い込むと伸びない
・論文も人の意見も数多くあるルートの一つに過ぎない
・高頻度も低頻度も変わらない。怪我の可能性さえゼロならば高頻度一択。
・ピンポイントを狙って鍛えようと意識しないほうが良さげ
・筋肉を鍛えるより重さに慣れるつもりのほうが発達する感じ
・パンプアップさせようが何しようが、コンパウンドの重量が伸びないと体は変わらない
・追い込まないで重量を伸ばす方法を探す
・バーベル種目のマックス挑戦からの2割重量落として5×5セットだけでいいかもしれない
・超ハイレップスなど、意表を突いたトレをするとその時は新鮮味があるも、結局継続的な発達にはつながらない
「似てる」と感じる人もいれば、「何言ってんだ?」「言い訳か?」と感じる人もいると思います。
いくつかあげましたが、「トレーニングの質」と「トレーニングに対する理解」を改善することで、このリストから除外されていく項目は多くなるかもしれません。
結局体質は皆同じではないということですが、改善の余地は十分に残されているかもしれません。
まとめ。きっと全て正解、しかし自分に適したルートがある
自分の通ってきたルートで成果が出れば、それはその人にとっての真実になります。
そのルートがいばらなのか牛歩なのか、人によって様々なので、言うことやることが違うと思います。
マッチョになるゴールを設定した時、多くのルートが目の前に現れます。
今は情報過多とも言えるので、ルートの数はとても多いです。
実際にルートを選択し、歩き、評価をする。
時には評価を誤ることだってあると思います。
自分の判断を信じ、間違っていたとしても、それはきっと必要な経験に他なりません。
これを繰り返していくことによって、自分にとって最適なルートが導き出されていくと思います。
そのルートは一律ではなく、数えきれないほどあるのです。
それがきっと、誰がなんて言おうと、自分にとっての最適解だと思います。25年やってきた今も、僕はその探求を続けています。
トレーニングは奥が深いものです。